2008 年 4 月 6 日

殺っちゃった・・・てへっ♪

カテゴリー: 日記 — わぴこ @ 1:10 AM

最近のコメントを取り付けるためにwordpressをいじりました。
ぐぐったところプラグインを使うかアップデートをすれば使えるということで
楽なほうを選びwordpressを更新することに。
それが運の尽きでした・・・

まずはディレクトリごとバックアップを取ってファイルを更新しました。
DBをアップデートしてくださいと指示が出たので
念のために中断してDBのバックアップを取りました。
でアップデート・・・
英語キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
管理画面から何まで英語になってしまったのです。
記事は日本語でしたが・・・

殺っちゃった・・・てへっ♪

仕方が無いので元に戻してDBもリストアして
プラグインを探して導入しました。
もしかしたら不具合があるかもしれません。

鬱打氏脳_| ̄|○

昔を語ってみる
最近この日記は昔のものであふれ返っているので昔を語ってみようと思います。
私がパソコンを本格的に触りだしたのは中学の頃
trfの曲が流行っていた頃です。無線の免許もこの頃とりました。
それまではオーディオをいじっていたというトンデモ厨房でした。
もちろんお金なんて無いので粗大ゴミ捨て場からめぼしいものを調達。
当時は定期的に粗大ゴミを捨ててよかった時代。まさに宝の山!!
あの時大量に基板を拾っていれば今も何か楽しめていたかもしれない。

話はパソコンに戻って当時の担任や友達がパソコンと言うので
「僕らの街には素敵なお店ーがー♪」
(これだけでどこの店か分かった人はオサーンです(笑)
とか流れていた店で一番安かった中古のPC-386NOTEAを入手。
当時はまだMIDIやジャンクという言葉すら知りませんでした。

このPC-386NOTE A・・・
トンデモ仕様でどうあがいてもWindows3.1が使えないことに
気づくのは次の年のことでありました。
(当時の知識では無理だった。今はWindows3.1なら動かせます。)
その年、テストでいい点をとる条件でWindowsマシンを
買ってもらう約束をしました。
運良くいい点だったので買ってもらうことになったのですが・・・

とりあえずれいの店(↑)のオークションでPC-9821Cb2をかけて戦いました。
親父に声を張り上げてもらいましたが結局落とせませんでした。
その後パソコン雑誌にあったPC-486MVを買ってもらうことに・・・
なぜこの機種を選んだのかは今となっては分かりませんが
多分スペックと価格のバランスからだと思います。
2FDD仕様という点も大きかったかもしれません。
お値段はもちろん386NOTEAが何台も買える値段だったと記憶しています。
24万だったかなあ・・・とにかくうちで一番買値が高いパソコンでした。
もしあの時PC-9821Cb2を落としていたら今ごろは
CanBeコレクターとなっていたことでしょう。
EPSON PC-486なんて見向きもしなかったかもしれません。

このPC-496MV、一時は無理矢理HDDを2台取り付けて
デバイスドライバーで強制認識させたり外付けFDDを
改造したものを取り付けたり結構無茶苦茶してました。

この頃からジャンクに手を染めていきました。
れいの店にあったPC-9801E+PC-9881K+デジタルCRTをはじめ
PC-286VE,MR.マイツール等を買いました。
PC-286VEを除いては1000円ぐらいだったと思います。
286VEは3000円だったかなあ386もありましたが5000円だったかな。

MR.マイツールは部品とりでPC-286VEに3.5インチFDDを移植したわけですが
些細なミスからショート!!FDD全滅の憂き目にあいました。・゚・(ノД`)・゚・。
PC-286VE自体は生きてました。
一方PC-9801EですがこちらはCバスをショートさせてあっさり死亡。
今思えば俺様死ねって感じですね。PC-9801Eはまた欲しいです。
そんなわけで私の中ではEPSON>NECになってます。
PC-286VEは今でこそ壊れて文字化けしてますが
基板をショートさせても死なずに強かった印象があります。

次の年・・・パソコン通信というものに興味を持ちお年玉でモデムを購入。
その次の月・・・電話代に驚愕!!!自らホストを立ち上げることを決意。

さて、この頃Nifを数ヶ月だけしましたがもっぱらパソコンもらったり買ったりしてました。
一番記憶に残っているのがPC-9801VX改即死事件です。
届いてから起動させると起動したので中を開けてみました。
でCPUアクセラレーターを取り外して何がついているか見てから
再び取り付けて起動してみるともう死んでました_| ̄|○
届いてから10分程度の出来事でした。最短記録でしょう。

MIDIに興味を持ち始めるのはもうちょっと先のお話です。

そんなこんなでSYSOP業をはじめたわけですがこの頃は
アクティブに動いててオフ怪を私のうちやコミケ会場でやってました。
今じゃ考えられないほどの動きっぷりでした(笑
メンバーで集まってPIO-9032Cにメンバーのパソコンをつないで
アクセスしてきた人をチャットに引きずり込んでチャットをしたりとか。

この頃からMU5とDOSのフリーソフトを使ってMIDIデータを作るようになりました。
しかしまだまだ聴き専でした。ネットの知り合いからもらった大量のMIDIデータを聴いてました。
MU5では聴けないデータも多くEDITしたりもしてました。 

時はインターネットの時代になりました。
そろそろCMCやMIDI牧場といった言葉が出てくる頃です。
SC-88Pro+Cakewalk(バンドル)に環境が移りました。
マシンもFMV-5100NU/Wになりました。

はちぷろの音は衝撃的だったのを覚えています。
そりゃGSのデータがちゃんと鳴るんですから当然といえば当然ですが。
ついでに肺炎になりました(爆

この頃の写真が残ってますので掲載しときます。
友達のデジカメで撮影したもので当時はデジカメは持ってませんでした。
dab2.JPG
一番右にPC-486MVが開けたままおかれてます。
その隣のFDDは友達からもらったぱそぴあのFDDかなあ・・・
スピーカーの前のPCはホストマシンのPC-286VEです。
SASIのHDDを外付けしてました。
モデムが見えないので草の根BBS廃業後かもしれません。

 dab3.JPG もはや解説不要ですね(笑

わぴこのほーむぺーじも全盛期でした。
MIDIデータの転載話も舞い込んでくるようになりました。
そんなMIDIデータ製作も某団体の野望によって阻止され
撤退せざるをえなくなりました。
復活したのはプレ王を紹介されてからでした。

この頃から機材ヲタを突っ走っていきました。
そうして現在へと繋がるわけです。

私のパソコンの知識は何台もの犠牲の上に成り立っているのです。
何十台というジャンクのパソコンを買っては修理し、時に壊し
いらないものはネットの知り合いや、友達にあげたりしてました。
(別名捨てるとも言う(ォィ)
引越しのときに泣く泣く捨ててしまったものも結構あります。
ハードオフに捨て値で引き取られたものもありました。
今でも不治痛の20MBのSCSI-HDDを抜かなかったことを後悔しています。
MR.マイツールやFMR-60HXに入っていたものです。型番は覚えてません。
いい音がしたのでとっても気に入ってましたが1台は壊れてしまいました。
誰かこのHDDの完動品持ってたら1000円くらいで譲ってください♪
当時の古いHDDはどれもいいアクセス音をさせてましたね。

某団体が無ければ今ごろしんせさち+CMC+MIDI牧場みたいな
総合サイトが作れたかもしれませんね。
技術的には不可能ではありませんが某団体が絡む部分の管理が
個人ではまず無理でしょうし・・・めんどくさいことは嫌いな性格なので。

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